◆2007年1月31日(wed) Radio


表参道のエキナカのベトナム料理屋のフォー。ミントが枝ごといっぱい入っていた。

きのうミレニアム・ナガシマ氏に教えてもらったネット・ラジオを聞いていたら、止まらなくなってしまった。
サン・ラ、クセナキス、アイラーがかかる。今かかっているのが何なのか、気になる曲が次々にかかるので、そのたびに作業が中断してしまい、まったくキリがなくて困る。いい加減にしたいけど、今朝も接続したと同時に日本語!ザ・カーナビーツなんかかかってる。と思うと次にはデレク・ベイリー&ヘンリー・カイザーの「Safe and Sane」これは『Wireforks』というアルバム。この方たちはたくさんCDが出てるからわたしなんぞはどれにどんな曲が入っているのかサッパリわからないけど、こうゆうのがファンク、ブルースや日本のGSや民族音楽などと一緒クタになってかかるのはとっても楽しい。ナガシマさんはデザイナーだから、事務所で一日パソコンに向かっていることが多いと思う。そうゆう仕事の人はずっと聞いちゃうよね。わたしも家にずっといる仕事だったら聞いてると思う。工房でも聞けたらいのになあ。そしたらJ-WAVEのピストン西沢から逃れられる。
だいたい、わたしは何でもアリアリで、家でもずっとこんな具合で、バルカン音楽の次にブラームスを聞いてジャンゴ(日本のものがほとんど無いのがネックかもしれないけど)でボンゾ、ケージの次にバカラックでビーフハートみたいな聞き方だから、そんな感じでしゃべり無しでつづくのが心地良いのですねー。でも、ジャズが多いな、コレ。マイルス、アート・ペッパー、エリック・ドルフィ・・・ザ・スパイダース「夕日が泣いている」、バウハウス、ケージなど聞いた。マチャアキ、どうしてるかなぁ。
いかんせん、わたしの持ってるものは古いものが多いのがイケマセン。ラジオだと新しいものや知らないものも聞けるから良いなあ(でもこのネットラジオ結構古いものが多いヨ)。最近ほかのとこでも知らないものを聞かせてもらっているので、CD買わなくて済んでてラッキー。先日はたくさんのスクリャービンのピアノソナタを聞かせてもらった。同じ曲でもピアニストと録音で全く違うのでおもしろかった。ピアノは録音でまるで違って聞こえるなー。そのあと70年代のFoxというバンドのを丸○一枚聞いて、これも全然知らなかったバンドだけど好みのサイケアメリカンフォークロックだったので堪能。家にいるとこんなことばっかりになってしまう。引き蘢りというのは楽しい。いくらでも遊べる。いいのか悪いのか良くわかんないけど、一応社会生活普通に営んでるので良いのでしょう。

ラジオの楽しみは、知らない曲を聞けるということもあるけど、自分で持ってる曲がかかった時も嬉しい気がするよね。きょうはジルベルト・ジルの『Oriente』がかかった時、嬉しかった。
工房には何故か今一昨年の林栄一&板橋文夫のライブMDが置かれている。きのうはこれを堪能。おもしろかった。一体誰がもってきてるのか・・・。

きょうは工房で森さんと隣合わせでずっと作業をしていた。森さんはリバティのローンシルクに版画を刷っていた。ついおしゃべりしてしまうのだけど、数週間ずっと悩んだ時間が長かったせいか、13点中6点しかできてなかったのに、きょう一気に5点完成して良かった。あと2点。
昨年は兎に角作り続けていた、という感じだったけど、今年はノロノロとローなペースで始まっている。でも、ジックリ1点1点制作していて、クオリティは高いと思う。今年は多分ジックリやる年なのだろうと思う。悩みつつしっかりやろうー!

風邪の人、花粉症の人、なんだか調子が悪い人というのが回りに続出中。みんなどうしちゃったんだい?わたしはとある測定器(血圧計なんだけど、心拍数も関係してるらしい)でとある計算をすると寿命が62歳なのだそうで、予定より38年も短いので困ってしまった。

さて、チンパンニュース見て寝ようっと。


◆2007年1月30日(tue) ジョバンニ


ジョバンニと蛸。
本当は貧しげなチョッキとポシェットをぶら下げてました。あんまりかわいそうだったので、赤い洋服(ダブル)を作って着せてあげてた。(イヤハヤ、わたしのキャラじゃない感じぃ)

きのうわたしの日記とは思えないぬいぐるみの話しなんぞ書いてしまい、う〜ヌ、間違っちゃったかなぁ??アレェ?とも思いましたが、蛸のぬいぐるみは本当にイケテるんで、良いかな。つーことでした。
ほんでもって、ますむらひろしキャラのぬいぐるみのことも書いたら、「見たい!」「是非!」という奇特なリクエストがありましたので、押し入れから引っぱり出してみました。
『銀河鉄道の夜』がなんで猫キャラで描かれなければならないのか?については非常に当時疑問に思ったものです。猫がラッコの毛皮を取りに行くとか・・・なんというか擬人化があまり好きじゃないのよね。でも、宮沢賢二もアタゴオル物語も細野さんも好きだったので、猫が主人公でもイイヤ、堅いこと言わないどこ、と思ったのでした。蛸じゃ物語にならないしね。わたしは蛸のでも見てみたいけどサ。蛸がラッコを捕りに行くシーンを想像すると楽しい。ファンタジーじゃないよね、コレは。

青いジョバンニは60センチほどもあります。一緒に売られていたカンパネルラはもう少し大きかった。それも欲しいなあ、と思って再度見にいった時にはすでに売れてしまってました。

きのうの間違い。
きょうたまたま表参道を通ったのでクレヨンハウスに行ってみたら、わたしが持っているオオカミやカエルのぬいぐるみはFOLK M・・・・エーと、Mの次忘れてしまった。こんな会社名で、パペット人形なのでした。みんな手を入れて口をパクパクしたりして遊べる。
小さな指人形タイプもあります。ねずみを2匹持ってる。777円です。
それと、もうひとつ、ホウボウはカサゴ科ではなくてカサゴ目ホウボウ科なんだそうです。ややこしいなぁ。人間は?人科だっけ・・・。

てな感じ。

きょうも工房。少し進む作業。でも、完成品はひとつも無い。


◆2007年1月29日(mon) ぬいぐるみ列伝


Octopus Hat。

そういえば、新江ノ島水族館には蛸がいなかったようだ。
わたしは蛸、イカが好きなのでこれまた残念でした。

子どもの頃はぬいぐるみが好きではなかったのに、大人になってからたまにどうしても欲しくて仕方がないぬいぐるみというのが現れてしまって、いくつか大事に持っている。
最初に買ったのはツキノワグマで、手触りが良かったし顔もかわいかったのでグネグネになるまで触っていた。ほかのぬいぐるみにはこの時もまだ興味がわかなかったけど、ますむらひろしの猫のキャラクター&細野さん音楽の『銀河鉄道の夜』が池袋のサンシャインプラネタリウムで上映になった時、たまたま下の西武デパートでポツンと置かれていた鮮やかなブルーのジョバンニ(ますむらひろしのキャラそのままだった)がどうしても欲しくて、買ってしまった。カンパネルラの方が魅力はあるけれど、色が明るいピンクで、こちらはあまり良くなかった。ジョバンニは箱に入れて今は押し入れの中です。

昔から上野動物園通い女だったわたしは、ここでもいくつかぬいぐるみを買っている。大ワシとパンダ。これはWWFで作っているもので、ディティルがちゃんとしていて良い。偏ったかわいさの価値観を押し付けるところがないのが良い。
表参道の本の店「クレヨンハウス」の2階でもいくつか買っている。全部THE NATURAL〜〜〜と書かれている絶滅の危機にあるような動物のものを作っている会社のもので、WWFのよりも高いのですが、手を入れて動かして遊ぶことができ、しかも作りが良く、キモかわいいところも気に入っている。まずはオオカミを買った。これは見ようによってはシベリアンハスキーで、見ようによっては昔飼っていたサモエド犬にも見えて、今でも大事にしている。
もうひとつは緑いろのカエルで、オオカミもこのカエルも手を入れて口をパクパクすることができます。頂きものとしては、シュタイフのブタが気に入っている。
スヌーピーは持ってないけど、ピーターラビットとくまのプーさんは持っている。

きのう、久しぶりに水族館でぬいぐるみを買った。蛸です。これはWWFのもの。頭のところが良くできてます。8mmDVDのスリーブも何気なく蛸を頭に乗っける絵にしたけど、何故か頭にのせたくなるね〜。WWFのこの蛸は、水族館製のものよりかわいさの基準がわたしに合ってる。

イカもあればいいのに。


◆2007年1月28日(sun) 水族館のかわいいコ列伝


かわいこチャンその1『ハコフグ』。正面がかわいい。
ヒレは一所懸命動かしてるから、見えないんだよ〜〜ん。

きのうのカエルウオがあまりにもかわいかったので、きょうは急遽新江ノ島水族館に行くことにした。

きのうは、カエルウオはギンポという種類に似ているので間違ってしまいがちです。と書きましたが、ツッコミをいただきまして、カエルウオはギンポの仲間なんだそうです。(しかもきのうは「ギンボ」と書いてましたが、改めて調べたら『銀宝』と書いて「ギンポ」みたい。)サイトのトップページに載せている絵『Tide Pool Skirt』に描かれている魚はイソギンポです。カエルウオはイソギンポ科に属すると書かれてありました。カエルウオは種類がたくさんいて、わたしが見たものは5センチくらいのものでした。あまり大きいものはいないのかしら・・・。小さいからかわいい、ということも言える。
フグも好きです。動きがフラフラしていて鈍いのがかわいい。海でもハリセンボンは近寄るとプゥ〜〜っと膨らんで怒ってるんだけど、ただそれだけで、鈍いからすぐ捕まってしまう。逃がしてあげても、すぐに違う人に捕まってる。


かわいこチャンその2『ナメダンゴ』。
ミートボールみたいです。





かわいこチャンその3『ウメボシイソギンチャク』イソギンチャクは色がヴィヴィッドできれいだし、形が想像を絶するものばかりなので好きです。

新江ノ島水族館はなんといってもクラゲが充実している。おととし藤沢で個展をしたので、その間に3回も行ってしまった。クラゲの写真をたくさん撮って、絵の参考にしました。

昨年千葉の博物館で開催されていた深海生物展でも研究員の方から新江ノ島水族館の名前は何度も出てきていて、深海生物においてもなかなか充実した展示が見られるのです。
カサゴ目ダンゴウオ科イボダンゴ属
『ナメダンゴ 』。大きさ5センチくらいのコロンとしたオレンジ色の魚です。それほど深いところでもないですが、これも深海の魚コーナーにいます。ハオリムシ(管のような生物です)やエビも種類が多くて、おもしろいです。
カエルウオは大きな水槽に入れられていて、捜したけど見つからなかった。残念。潮だまりの生物コーナーもあることはあるのだけど、ムツゴロウくらいで、わたしの好きなものはほとんどいませんでした。リクエストしようかしら・・・・。
そのかわり、ホウボウはかわいいのがいました。ホウボウもカサゴ科
(1/30訂正:カサゴ目ホウボウ科だそうです)。『胸鰭の下部軟条が3本遊離して、これで海底を歩くように移動する。また鰾(うきぶくろ)を震動させて鳴く。』と調べたところ書いてありました。この3本の足のようなものがなんとも不思議。ヒレもパァ〜ッと広げると蝶々みたいだし、魚と虫と鳥が一体となってる風で魅力的ですねぇ。たしか、品川水族館では鳴き声も聞けたと思います。
この水族館は本当に楽しいです。でも、実際の海で発見するのはもっと感動的ですけどね。
今回はかわいこチャンシリーズでした。

湘南の海岸でチィちゃんを遊ばせて帰宅。


かわいこチャンその4『ホウボウ』。
歩いてます。


これはかわいこチャンではありません。
ゴメンナサイ。
遠くに江ノ島が見えます。


◆2007年1月27日(sat) 曾祖父はハワイにいた


カエルウオ(これはモンツキカエルウオというそうです)。 かわいいですね〜。マメジカとどっちがかわいいかなあ


きょうのヨギり:スガシカオはシカスガオでもわかる。

きょうは倉庫へ行って額の整理をしたあと、熱帯魚屋さんで少しなごんでました。

その熱帯魚屋さんにはとてもかわいいフグの仲間が居ます。でも、水の管理がうまくいってないとすぐに死んでしまうのでかわいそうです。
我が家の水槽は飼い易い淡水です。海水魚はとてもカラフルできれいで、昔ウチでも珊瑚を入れてブルーのきれいなコバルトという海水魚をたくさんいれていたことがあります。でもこれはとても管理が難しいので、いつのまにかまた淡水魚の水槽だけになってしまいました。
きょうはこのお店で、フグよりもかわいいかもしれないカエルウオを発見。目の間隔が開いていてとても愛嬌があるし、ヒレのパタパタした動きが人間の手のように器用で、泳いでいるというよりは歩いている感じの動きがいいんですねー。いいなぁ、飼ってみたいなぁ、と思うけど、海水魚なので飼えません。
カエルウオはギンポという種類に似ているので間違ってしまいがちです。今わたしのこのサイトのトップページに載せている絵『Tide Pool Skirt』に描かれている魚はギンポです。カエルウオの方がかわいらしいですよ。

きのうの夜半分だけだけどテレビで『赤い月』をみた。これはなかにし礼のおかあさんの話しでした。満州で酒造会社を当てて絶頂期を迎えたあと敗戦となり、波瀾に満ちてました。
こんなに切迫したものはなかったのですが、わたしの曾祖父もハワイで酒蔵会社を作って当てた人だった、と昨年初めて母から聞いた。祖母が日焼けした顔してるのに白いドレスを着て日傘をさしてヤシの木の下フォードに乗っている写真というのがあって、なんでまたこんな写真があるのか、と子どもの頃思っていたのだった。
ハワイにたくさん日本人が移住した頃に日本酒が売れるだろう、と目論んで行ったんですねえ。ほとんどの日本人は理想とまったく違った苦しい状況に驚愕&絶望しながらも帰るに帰れず苦労して生きてきたわけですが、曾祖父は日本人相手にもうけた後に日本に戻ってきて、「金貸し」になりました。それから物好きな性格がこうじて金貸しといっても骨董だけを扱う骨董質屋になりまして、その後はその娘であるハワイ育ちの祖母は北海道で本屋を営み、養子に入った祖父は小笠原流弓道家なのですが金融関係の会社員もしておりました。本屋は「牧野書店」といって定山渓温泉の中心地にありました。その2階に骨董屋だった時のもので祖父が気に入っていたものがずっと置かれていました。ほとんどは楽器で、琵琶やヴァイオリンや尺八など。ほかは象眼細工の置き時計など。たまに札幌の家から遊びに行くと祖父がコッソリその部屋によんでくれて、演奏してくれた。良いもの(脇差しとか食器とか)をやはりコッソリ箱から出してみせてくれたし、演奏までしてくれた。わたしはとっても感謝してる。そうやって、物好きな血は受け継がれていくのだった。
曾祖父がハワイでどんな生活してたのか興味があるけど、何の資料もないらしい。小林克也の歌みたいな訛りのある英語使ってたんでしょうか?アロハシャツは戦後に京都の染め物屋さんの絵を使って完成されたものなので、アロハは着てなかったと思う。満州の30年代と同じように、華麗なるギャッツビースタイルだったような気がする。

『地球街道』見る。溝口肇のアイルランド音楽紀行で、ダブリンの古い図書館の中でチェロ弾いていた。15世紀の最古のアイリッシュハープが美しかった。柳の木でできているんだって。来週もつづきがある。


◆2007年1月26日(fri) 新幹線の地下オーケストラ


腐食され刷り上がったボードレール。
窓の内側から陰鬱に覗く。

 

 

 

 

 

 

きょうは千駄ヶ谷の出版社へ行った。
用事が済んだあと、 穏やかなお天気で気持ちが良かったし、先日のライブのヤング・スウェッティーズの録音を聞きながらおしゃれなカフェでランチ&散歩しつつ工房へ。千駄ヶ谷から原宿へはブラブラ歩きが楽しい道で、毎回キラー通りから入ったことのない小道に入ってみることにしている。だいたい文化屋雑貨店のある道に出ることが多い。この通りのお店は通るたびに閉店してしまったカフェ、開店する洋服屋、と移り変わりが激しい。表参道ヒルズからキディランドに渡り、ちょっと1階を覗いたらもうヴァレンタインのチョコレートが出ていた。チョコレートは好きだから、あげるより貰う方がいいな。
イヤフォンが耳に合わない。iPodの付属品のイヤフォンがちぎれそうになっているので新しいのを、と思って調べている。グリッと耳の穴に入るものが欲しい。わたしの場合どうも耳の穴が小さいようで、ちゃんとハマらないのよね・・・。しかも右の耳よりさらに左の耳の穴が小さいらしく、よくポロッと落ちている。調べた結果『SHUREのE4C-Jヘッドフォン』というのが良さそうなんですが、27.419円もするでガス。なんて高いんでしょう!!ちなみにヘッドフォンと書いてありますが、形はイヤフォンです。なんでヘッドフォンなんだろう..?

きょうの工房は5時以降わたしひとりっきりで孤独な作業となりました。こんなの初めてかもしれない。13点の小さなものを制作中です。今のところ7点完成。来週中にできるのでしょうか・・・とってもスローペースです。

きのう夕方からワケあって2時間半外に立ってました。裸族のわたしですが、我慢して少しは厚い靴下もはいていたし、ブーツも履き、手袋もマフラーも帽子もかぶってましたよ。だけど、きのうは本当に寒くって、家に帰るなり熱いお風呂にザンブリコ。瞬く間に水になる。手足がもう少しのところで凍傷になるところだった!感覚もなくなっちゃいましたよん、血のめぐりが悪いんでしょうか。頭といい。
かと思えば、ダイオウイカが温暖化の影響で出雲で死体となって打ち上げられていたりしている。深海に異変が起きているのかもしれない、と思うと恐ろしいよん。

わたしは『笑い道』に厳しい。

でも、ツボにはまると笑い上戸ゆえ止まらなくなってしまうのだゾ。そこには厳しい基準があるのだ。かなり無意味でシュールであることが大事で、最近のヒットはウチの子どもが言った「マナカナ」であった。それとおとといの『裸鍋』。
双児であるほかに何があるんだろう・・・・「マナカナ」。でもってツボをくすぐられ、「マナカナ」と囁かれるだけで笑ってしまうのだ。双児とか三つ子とかはそれだけでおもしろいけど、これは普段「●○ちゃん□□に似てる〜」と、ただ似てるというだけで盛り上がってしまう不思議が、当然ながら日常となっているところと、似てるじゃなくて同じ、なところがおかしいのだ。最近mama clioのウクレレ名人Uくんにも双児ちゃんが生まれて、わたしは大変ウキウキしてしまったのだった。赤ちゃんはかわいいので、それだけですばらしいけど、さらに双児なんだものねえ、大変だろうけど楽しいと思う。でも、「マナカナ」についてはほとんど赤瀬川源平『超芸術トマソン2号』だと思っている。
立体イラストの撮影でたまに会うイケ面カメラマンのボーイフレンド鈴木氏は寡黙だけど、たまに大ヒットを飛ばす。前回会った時、唐突にカメラのファインダーからわざわざ目を上げて「NHKの朝の奥様番組に出ている双児の男は立場が曖昧ですよねえ」と言った。これは双児好きのわたしが前から気になっていた男子双児タレントです。知ってる?似てるようで似てない。奥様受けするような清潔度を保ちつつ、それなりに若者の流行を取入れている。話し方もアナウンサーのようでありながらも、少し崩し気味で、本質がアナウンサー側なのか渋谷系側なのか、裸系ではないのはわかっているが、存在が曖昧なので妙に胸のあたりがモヤモヤする。

おとといの『裸鍋』はだれが言い出したのかもうわからなくなってしまったけど、きのうもきょうも思い出して犬の散歩中でも電車の中でも笑っていた。なんだよ、裸鍋って・・・。公園のベンチで笑っていたら、通りがかりの白い柴犬に吠えられた。

おとといできなかったボードレールの版画はきのう無事に完成して、きょう出版社に持っていった。窓から外を眺める様子は気味が悪い。窓に模造紙を貼って、そこに数個の穴をあけて外を眺めていた高校生の時のわたしもやっぱり気味が悪かったろうとおもう。これは多感な乙女の表れなのだ、とも思えるし、ただ単に妄想癖の産物ともいえる。暇だったので妄想で生きていた。妄想はジッとしてもできるので、女性の引き蘢りにありがちな『寝る』という行為に走ることになる。暇があれば布団に潜って寝ていたので、よく夢を見た。


今朝も夢を見た。
新幹線の終着駅に立っている。よ〜く見ると、新幹線の車輪の部分は部屋になっていて、その中に弦楽四重奏団が入っているのだった。当然新幹線は3階建てくらい背が高い。そろそろ出発という時、友人が現れる。彼はライターで、運転士が彼をこの弦楽四重奏団の部屋(車輪の横の部屋)に案内する。「この人たちが音をだしているんですよ」と紹介すると、ヴァイオリンの男が立ち上がって新幹線の走る音を『ヒュイ〜〜ン、ゴゴゴォ〜、ガターンガタ〜〜ン、ヒョイン〜〜』と奏で始めるのでした。新幹線は無音となっている時代のようで、音がないと寂しいからわざわざオーケストラボックスのようなものを作って音を出しているらしい。音は、な〜んとなくわかるけど、これが車輪の音だったとは・・・とわたしには疑問な音なのでした。ほかのメンバーを見るとどうやら年末一緒にやったバンド「%ホセ」の人が何人か入っていたのでした。新幹線の車輪の音をだしている人たちだったのかぁ、いろんな職業があるなぁ、と感心しているわたし。友人のライターは新幹線の音をこの人たちが出している、ということに対して「捏造」ではないか?(きのう納豆のダイエット実験捏造の話しもしてたからなぁ)と疑問を持っているし、ちゃんと座席に座りたいのに、取材なので檻の中のような車輪部屋に入ってなくちゃならないので、仮病を使って帰ろうとするのだった。


目が覚めてからなんでこんな夢を見るのだろう、と考えてみた。今週末円盤関係の人が直島ほかツアーなんですよねー。去年の夏直島に行こうとしていたのに、高知でくじらを見るというのもいいなあ、とかいろいろ計画しているうちに夏休みが終ってしまったので行けなかったのでした。そんでもって直島ライブツアーなんてないかなあ、と言って歩いていたらそんな話しが出てることを年末聞いたわけですが、出演は無理そうだったのでただの旅行ででも行こうかなあ、と実はちょっと思っていたのでした。でも、結局忙しいから無理だったのよね。工房にも直島に行くという人がいて、いいなあ〜と言っている。
それで多分新幹線の夢を見たのだろうと思う。
でも、いつも遠出をするときに用事をいくつもくっつけてしまうやり方はもうやめようかなあ、と思っている。疲れちゃうからね。今年は広島に5月に行くと思うけど、ほかにはライブも何もくっつけず、旅して帰ってこよう!と思ってます。良いライブがあれば広島でも神戸でも見てきたい。と、このあたりのライブ情報を調べて・・・っと・・・。近畿地方5月なかば頃のライブ情報、ヨロシク。

 


◆2007年1月25日(thu) 裸族


腐食されなかったボードレール。

 

 

 

 

 

 

わたしは裸族ではないんですよ。

工房で、ちょっと前にニュースになった「ベランダでスポットライトを浴びる裸男」について、わたしが「ちょっと気持ちわかる」と言ってしまったのと、普段から足は(手も)冷えてるのにくつ下が苦手ですぐに脱いでしまうとか、武士だから寒くてもたくさん服は着ないとか言っていたことが原因して、わたしは裸族である、ということになってしまった。決定的だったのは、「高校生の時、窓ガラスを鏡代わりにしていた。お風呂あがり裸だった」という発言で(もっと言った)、バカなわたしは夜カーテンを閉めないでいると外から丸見えだということを考えたこともなく、夜になると2階の自分の部屋のガラス窓がきれいで大きな鏡みたいになるのをいいことに、姿見代わりにしていた時期があったのだった(裸ばっかりじゃないですよ!服をとっかえひっかえして見たり、踊ったりもしていた)。結構ヤバい。住宅街だったので人気はそんなに無いのだけど、近所の家から見えてた可能性はある。ニュースではわざと人に見せていたわけで、結局逮捕されてたんだけど、部屋の中ででも、外から見えてたら逮捕されるのでしょうか。
今思い出したけど、その後わたしも「あ、コレって犯罪になるのかも」と気がつき、ガラス窓を鏡代わりにするのは止めたのでした。変質者だと思われていたかもしれないけど・・・・。
あ、そして今また新たな事実を思い出してしまったのだけど、その後ガラス窓に模造紙をベタッと貼り、ポスターカラーで人の顔を数人描き、その目のところだけをくり抜いて(5人分くらいの人を描いたので穴は10個)、そこから外を
見て喜んでいた時期がある。これもまた変質者のようだ・・・。これは、会社帰りの父が外の道路から発見。「何をやってるのだ!近所から覗きをやってると思われるぞ!サッサと剥がせ!」とエラい剣幕で怒られた。なんとゆうか小さな穴から外を見るとピンポイントで景色が見えて楽しかったのよねえ。位置がみんな違うのもおもしろくって・・・ありゃあ!?相当変質者ー。
ゆっておくけど、今はそんなことはしてないですから。ただ、ちょっとくつ下が苦手なだけだから。酔っぱらって裸になる趣味もありませんから。「裸のランチ」もしませんから。こんな話しからエスカレートして、やれ「闇鍋じゃなくて裸鍋はどうだ」とか「ふんどしが似合いそうだ」とかさんざん言われた。「裸鍋」というのは結構おもしろかった。全然意味がなくて。

だけど、そんな事言ってる場合じゃないのよぉ、本当は。
きょうやるハズだった音楽エッセイのための版画の版を家に忘れていってしまい、ドンヨリした気分で英会話してしまい、まったく身に入らなかった。
エミリー先生が何語ってるのかまったく理解できなかったけど、アメリカとイギリスでは「パブリックスクール」の意味は全然違う、というのだけはなんとなくわかった。でも、フランスの教育話しになるとほとんど駄目だった。なんとなく格差が大きいということはわかって、がんばってもなかなかアッパークラスにはなれないとか、アッパークラスだといろんな料金が無料になる・・・とか言っていたような。なんだかわからなかったけど、「日本でも年々税金は高くなってるのよ。まったくわたしはドンヨリした気分よ」と『getting+比較級』を使って英作文したことだけがきょうの成果であった。
ドンヨリ気分で工房へ行ったわけサ。
そしたら、さらに工房での塩化第二鉄の処理について日頃よりももっと丁寧にやりましょう、てなことで新方式の処理法実践にあたりいろいろありまして、スタートが遅れる。塩化第二鉄については、硝酸とまったく違って害はないものなのですが、茶色いから汚く見えて誤解も多い。水銀や硝酸は空気中に漂って人体に影響を及ぼすけど、塩化第二鉄はそんなことはないんです。

そのあと、か弱くもしばらくぶりに胃痛にみまわれ、ドンヨリ気分のまま作業。それでもなんとか3点ほど出来上がっていたのだけど、先が見えずへたばっていたところで裸族の話しに何故かなってしまって、どうしたわけか火がついたようにパタパタと2点追加で仕上がってしまった。
だけど、先は長い。しかも時間は短い。
あしたこそボードレール氏を塩化第二鉄の海の中へ。


◆2007年1月24日(wed) 『ずっぽど』歪む人


菜の花の芥子和え。
新年会で今年初めて作ったが食べるのに忙しくて写真を撮り損ねたのでUPしてみました。とりあえず
茎が美味しいなぁ。葉の部分をわしわし食べる感触も宜しいかと。普通はお酢はいれないのでしょうが、わたしは少し入れます。

 

 

 

 

 

 

なんでこんなにピンチ絶好調なのかというと、やらなくても良いと思われることをやってるからで、水銀中毒になってるからではないのだった。
年末より数限り無い大好きな必要不可欠な無駄をしていたわけですが、これも、好きでやっているわけだからとことんやらねば、と思った次第で、好きなことならばその先の選択肢は困難な方を選んだ方が楽しいのだから。何語ってるんでしょう・・・。手をつけたら最後の引き出しの整理のことだけを言ってるわけではないよ。
簡単に済ませられる仕事をあえて時間のかかる難しい方法でやっている。版画にしなくてもいいのに版画にしてるので、時間がかかって仕方がない。もう何年もペン1本でやっているYAMAHAの小冊子の仕事も急に思い立って版画でしてみよう、と思ったのでした。ペンで描けばきょう中に発送できて、26日の締め切り日には間に合ったのに。結局版画だと締め切り日に出版社へ持参するしかない。しかも、ほかの仕事も締きりが相当ヤバイ状況となっている・・・のにねえ。でも、なんとかなるに違いない!月末までに・・・いや、来週末までに。


その急遽版画にしてしまったイラストは、今回の千蔵さんの音楽エッセイの中に出てきた水銀中毒のシューベルトではなくてボードレールを描くことにしたのだった。ボードレールがワグナーの曲を「猫が窓から落ちてガラスを引っ掻いてるような音楽」と言ったとかで、回りくどくてイヤンなっちゃうけど、絵としては描き易いからそんな絵にした。ボードレールの顔をネットで調べる。
ついでに『松岡正剛千夜千冊』
で「悪の華」をとり上げているのでそれも読む。とってもおもしろいのよね、生い立ちについての記述が。登場人物は今の日本の芸能人に例えられていたりして、わかりやすいし、マトを得ていると思う。
実は「悪の華」ちゃんと読んでない。高校生の時に読もうと思い、一応父の書棚を覗いてみたら、初版本らしきものを発見したので、新たに買うのも勿体無いのでそれを読もうと思ったのだ。でも、昔の漢字で頭痛くなったので途中で止めてしまい、それっきりになってしまった。それでも、こういった自堕落破滅型薬依存妄想癖作家は魅力があって好きなので、わたしとしては仲間に(何の仲間なんだかハッキリ言えないけど、「歪」この字の仲間かも)してる。ヒズむ人はおもしろい。マットウな人より「ずっぽど」おもしろい。(註:さきほど糸井重里が出てる『言いまつがい』番組で「ずっと」と「よっぽど」の合体技として登場。こうゆう「まつがい」は慌て者のわたしにはよくある。今度メモしておこっと)

さて、あしたはガッツリ工房に一日籠るゾイ。


◆2007年1月23日(tue) ピンチなパンチ開き直る


ピンチなのですが、料理はしているのだ。芽キャベツがたべたくなってシチューを作った。1999年にお台場のワイン屋で買ったお台場できた記念の観覧車ラベルワインをあける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


mizukoshiさんのマッチ

ピンチなのだ。だから日記なんて書いてらんないのよ。今までなんであんなに書いてたのか不思議だわー。水銀に冒されていたのかも。

四日前にはこんなの書いたまま終った。

『きのう書いた水銀治療は、その後の調べによって、ベートーベンやモーツアルトの死因としても言われているらしいことがわかった。水銀を使っていた鏡工場のある街や、フエルト帽子を作っていた職人は永らく汚染されているおとに気づかずにどんどん具合を悪くしていったらしい。中毒症状はたいていペシミスティックになるようで、なんだかドンヨリした空気が漂う。そういえば水銀ヒステリアというバンドのDMチラシが年末の大掃除で引き出しから出てきたのだった。関西の女性バンドだったと思います。92年ころのもので、失礼ながら関西のバンドはほとんど知らず、今だに聞いたことがなく、その時もどうやら送っていただいたまましまいこんでいた模様。名前はその後ずっとずっと後で京都にお住まいだった桂牧さんから聞いたことがあったけど、名前の由来はやっぱりそのへんなのかなぁ。水銀中毒に陥るとペシミスティックになるだけじゃなくて、ヒステリックにもなるのかもぉ〜
、と突然思い出した。』

三日前も書こうと思ってこんなの書いて頭痛くなって終った。

『仕事がたまった。普通にやっても間に合わないことがわかったので、人には言えない荒技を使っている。年末からお正月にかけてキッチリ数週間休んだので心身共に健康になったのがいけなかった。仕事の速度が『並』になってしまった。アーチィ〜ストたるもの健康でいばっていてはいけない。やっぱ、こう、自堕落で病的であらねば・・・な〜んていうのはしかし古臭い、というか案外そんなのはわけないことで、もっとふつうに生き、モラリストでリベラリストで経済的にも精神的にも破綻してなくて、それでいて鋭利で繊細でスペシャルなものが創造できれば、それにこしたことはない、それの方がカッコいい、が、それは相当高度な理性を必要とするので、とても難しい、と思うのであった。最近の若い人はねえ、考え方は間違ってないけどやっぱり確固たる理性というのは、何かとお勉強してないとハードル高くて、一見オヤ!?と思うことをしているけど、「ツカミ」は「OK」なままで、それが続かないのが多いなぁ。「コマーシャルな感じ」。お勉強も「ツカミ」で済ませてるのだろう。お勉強で「ツカミ」がわかるというのは頭の良い子だとは思うけど、ツカミもいいけど「無駄」もなかなかいいもんよ、ということがあんまりわかってないのかも。「無駄」だらけの中に一筋の光りが見えてくるのだぞ。その光りが見える人はおもしろいけど、見えない人はただ無駄骨を鍛えるだけのことでつまらない。「ツカミ」や一発ギャグ的ア〜チストはたくさんいる。わたしもお笑い芸人だったらあえてそうゆう「ツカミピン芸人」がタイプなんだけど、それは「ああ、早々に消えていくのね」という刹那感があるから良いのだ。でも、音楽や絵ではそうゆうのは苦手だなぁ。なかなかそうゆうのをお金出して見に行く気力はない。
あ、そんな話しじゃなくって、健康的になったとおもったら、その分仕事の速度が『並』になってしまった、ということで。これは問題だ。料理と掃除ばっかりしてんじゃないわよ!これはこれで楽しいことは楽しいんだけど、やはり多少心身ともにヒズみつつユガみつつ(同じ歪という字だね)、スローライフ大嫌い、ロハス大嫌いで行きたい、と改めてわたしは反省した次第です。グッバイ並平。ヒズみユガみ綱渡りライフの方が具合が良い。
急に思い出して仕事の途中で表参道のギャラリーに『マッチ展』を見にいった。工房の人も二人だしているし、知ってる人もいたので行ってみることに。去年もそういえば行ったっけ。たばこは吸わないしマッチに用はないので買わないと思っていたのだけど、ちょっとかわいいアリスのものがあったので、コートのポケットをさぐったら(手ぶらだったので)300円入っていた。ラッキーなことに、この一番気に入ったものがナント!一番安くて、1個150円。二つ買えた。』

二日前より完全引き蘢り。

忙しい時ほど日記に逃避することが常であったわたくしですが、逃避すらできない状況にあり、そんな生活は嘘よ、嘘!と思いながらもきょうは小学校へでかける。
英語の授業を見る。『Saimon says』というのは60年代(70年代かも)にヒットした『1910 フルーツガム・カンパニー』の曲ですが、その当時は知らなかったけど、あとになって教育テレビの子どもむけ英語番組で、そうゆうゲームがあるのを知った。きょう学校でもアメリカ人の先生と一緒にそれをやっていて、みんな楽しそうだった。その英語番組ではクロード・チアリの娘が歌っていたかなあ、彼女はたしか山手線の英語放送もやっている。ほかには田中星児も明るく歌っていたっけ。『Saimon says』と頭につけて「touch the head」とかいろんな身体の部分をさすのだけど、『Saimon says』とつけない指示でそれをやってしまった人はアウトとなる。
ウチの子どもは途中で間違えてキャーキャー言ってほかの男子に抱きついていた。抱きついて床中ころげていたらさらにもうひとりが乗ってきて三人でキャーキャー言っていた。男子かわいい。少女漫画を見るようだった。美しい姿であった。

とゆうわけで、また仕事に戻ります〜


何日か前に年末のライブの写真をサボテンのLIVEページにUPしました。音は牧野くんが編集してくれたヤング・スウェッティーズの3曲があるのですが、それをUPするのが大変なんで・・・・・その内に。

 



◆2007年1月18日(thu) Hgとシューベルトの関係


突然ですがシューベルト。

いつのまにか2ケ月たってしまうのだった。
音楽エッセイのためのイラスト、前回ガーシュインねたを描いたばかりだったのに、もう次の号の原稿がきた。今回の原稿をチラッと見たら「シューベルトは毒きのこで家族みんな死んだのは有名な話しだ」と書かれている。ええ!?そうだっけ?確かに身体の弱い人だったとは思ってたけどー。と思ってよ〜く見たらそれは『ショーベルト』だった。そんな人いたっけ?いたんだなあ、でも、そんなに有名な人なの?しかも死因が毒きのこって・・・・。と、さらによ〜く見たら、今回の話しは「スペル」の間違いだった。まんまとひっかかってしまった。

ところで、シューベルトは若死だったと記憶してるが、死因はなんだったのかな?と、きょうはずっとパソコンを移動して、調べものをしながら
絵を描いていたから、即ネットで調査。するとおもしろいことがわかってしまったのだった。
楽聖シューベルトは学校では『脹チフス』で31歳で亡くなった、が通説らしい。実は梅毒にかかっていて、その治療として当時流行っていた水銀湿布というのを繰り返しやっていたらしいのだ。水銀中毒なのだ。どうやら。水銀=Hg
調べが進んで仕事どころじゃないのだった。

水銀中毒は恐ろしい。それは今となっては有名だけれど、昔は毒にも薬にもなるとされていたようで、毒殺に使われたり、治療に使われたりしている。水銀は重いが蒸発しやすく、鏡が割れて床の隙間などに入り込んだものが家中を汚染したりもするのだ。アスベストとかと同じように、それが体内に蓄積されていつのまにか中毒になる。母体に蓄積されると胎児にも影響を及ぼす。シューベルトの家系は短命だったり、チフスや水頭症になっていたり、老衰とか自然死は少ない。中毒症状としては感情の起伏が激しくなったり、妙なことを口走ったりするようにもなるらしい。シューベルトの時代は誰でも帽子をかぶっていて、そのフエルトの処理には必ず水銀を使っていたのだそうだ。いろいろサイトを見ていたら、「不思議の国のアリス」の気狂い帽子屋と水銀のことを書いているものを発見。帽子屋がみんなマッドだなんて言ってはいけないけど、アリスの帽子屋が水銀中毒になっていたというのは(そうゆう設定にしたというのは)おもしろいかも、と思ってしまった。

シューベルトは最後の数週間はその水銀湿布治療というのをしていた形跡が父親のつけていた家計簿から推測できたらしい。シューベルトのやさしいかと思うと悪魔チックに激しくなる、という曲想を思い出し、結び付けてしまうのは短絡的だとは思うけれど、水銀汚染は怖いもんだ、と思うのだった。病弱だったシューベルトは(おそらく母親は体内に水銀をためこんでいたと思われる)きっと発熱もしょっちゅうだったのだろう。熱にうなされて『魔王』の幻覚も見えていたにちがいない。シューマンについても水銀中毒説があった。その原因はやはり放蕩の結果の梅毒・・・と書かれているものがあったけど、真偽はわかりません。そのためかピアニスト養成ギブスを無理に右手につけていたせいか(という説もある)、右手に機能障害があり握力が足りず、徴兵検査では引き金が引けず不合格で、ピアニストの夢もかなえられなかったそうだ。最期は精神病院で亡くなっている。これは水銀のせいか、クララとブラームスのせいなのかは不明。

これに比べたら、銅版画でアルコール、ガソリン、灯油まみれになってるわたしのいかれた頭なんてナンチューコトもない。銅版画の作りすぎで死んだ人はいない。

結局マイクのコネクターの次にはシューベルトと水銀中毒についての研究にいそしみすぎて、仕事は半分しかできなかった。
チィちゃんの散歩以外一歩も外へ出ず引き蘢りで楽しい。夕飯は冷蔵庫の中のもので作らねばならない。
きょうはチキンとほうれん草のカレーにした。これがまたまた見た目はよろしくない(普通カレーはみんなきれいとは言えないけど)が、味は相当おいしかったのだった。

たまねぎ、にんにく、しょうが、鶏もも肉、ほうれん草、人参、プチトマトが材料。香辛料は塩、こしょう、クミン、コリアンダーシード、ターメリック、カレーパウダー、ブイヨン。これだと水っぽすぎたので、ジャガ芋も最後に賽の目に切って加えた。香菜をちらしてできあがり。ガラムマサラがなかったのだけど、ない方が美味しいと思った。ほうれん草のカレーというのは本当は最初にオリーブオイルとにんにくでくたくたになるまで炒めるのだろうけど。生のまま小さく切って炒めて使った。全然OKだった。
そうそう、以前絵の関係の柊さんに頂いたハーブオイルを使って炒めたので、良い香りがしました。自家製のハーブオイルで、数カ月前に頂いたものですが、そろそろ味がついている頃で、パスタやサラダにも使ってます。ありがとうございました〜。
ここに書いてあるブイヨンというのはマギーブイヨンです。キューブの。そのほか謎のコンソメパ〜ンチなものを入れました。これは秘密なのだ。卑怯な部類のものなのだ。ところで、カルビーのポテチ、コンソメパンチ味という名前の由来ですが、単に当初78年ころパンチという言葉が流行ってたからだそうだ。わたしは酸っぱいパンチ味が好きだ。随分こればっかり食べていた。
『芋たこなんきん』は藤山直美に新鮮味がないのでそんなに好きでもないドラマですが、今万博の頃なのでおもしろいから毎日見ている。きのうだったかなあ、テーブルで東鳩のバターココナッツをおやつに食べているシーンを見て、よくできてるなあ、と思った。これもよく食べたもんねえ。ファッションも、結構ちゃんとしてる。わたしもあの当時(ト〜〜ッテモ若いころ、と言っておく)ミニスカート、ハイソックス、短いベスト、丸い大きなバックルのついたベルトしてたなあ〜、と感慨深く思うのでした。万博の1年後のクリスマスに最初のフォークギターを買ってもらったけど、今ドラマでフォーク集会にいっている長女の子と姉が多分同じ世代で、姉も同じようにギターを買ってもらって森山良子歌っていた。ドラマのフォーク集会で歌ってる女の子がとっても上手です。

カルビーのコンソメパンチ味ポテチ、東鳩のバターココナッツとキャラメルコーン、チートスチーズ味(これはどこのだ?)と並んでよく食べたのは不二家のカントリーマームだなあ、わたしは。不二家はLOOKチョコレートも好きだし、レストランのチョコパフェも好きだから、なんとかよろしく。

 


チキンとほうれん草のカレー


◆2007年1月17日(wed) 『版画藝術』『美術手帖』


「版画芸術』2006/135号表紙


工房紹介のページに『ザボハウス』が載っています。右ページ下にわたしの写真とインタビューに答えたもの、左ページ上に作品も載っています。

工房展は4月16日〜21日 神保町「文房堂ギャラリー」 『ザボハウス展(工房展)15th』。

午後は工房へ。『版画藝術』昨年12月に出たものは結局買わなかった。工房にあるのでコピーをとっておくことにした。後ろの方に工房の紹介があります。わたしは調度取材の日が銀座の伊東屋さんでの個展の搬入日だったので、作品を板から剥がしているところが写真で写ってます。その時のDM作品と、インタビューされて答えたのも載っていますので、見つけた方は見てやってね。リブロでは置いてると思いますが、あまりいろんなところに置かれていない本なんです。
『美術手帖』も工房にあるので滅多に買わない。最新号を見ていたら、古い友人で美術ジャーナリストの村田真さんが随分たくさん文章を寄せていました。「取手アートプロジェクト」のリポートなどを読むことができます。アートスケープでも少し読むことができます。真さんはあまりにも古い友人なので、いろいろ知っている・・・・。でも、今はとっても立派な方になられたので、滅多なことは言えません。でも、言え、と言われればいろんなことを・・・・。
昨年は横浜で行われたトリエンナーレの関係で真さんを見かけた(といっても展示や文章などで)。最近は街をテーマにした展覧会やプロジェクトにかかわることが多いようです。
横浜トリエンナーレはまた来年3回目が行われる。1回目は有名どころがたくさん参加して盛り上がった。一昨年の2回目はもっと地元に根付いたものにしよう、ボランティアを募ってやろう、という動きがあって、派手さはなかったが、それはそれで一つの方向性が見られたわけだけれど、実際問題として遠くから足を運ぶことにはなかなかならなかったかもしれない。わたしは招待券を持っていながら忙しさもあって結局行かなかったのだ。でも、それに連動して横浜は地元の建物を使っての充実したアートプロジェクトがあって、地味目ではありながらも、中にすばらしい作品はやはりたくさんあったのだ。その一部が会期後も残されていて、あるオブジェの置かれたビルの1階でミッシェル・ドネダ&山内桂のコンサートを見に行ったわたしは、偶然ではあったけれど、これに遭遇。コンサートも良かったけれど、寒々とした3階にあったその牛島達治さんの作品は忘れることができない。
牛島達治さんの作品がまた見たい、と思って調べてみたら、昨年の越後妻有アートトリエンナーレにも出品されていたようで、ああ、見たかったなぁ(これはyou tubeで見れました。横浜の時の方がインパクトありましたが)。次はいつどこで見られるのだろう。誰か知っていたら教えてください。

真さんも書いていたけど、今度の横浜トリエンナーレの総合ディレクターが神奈川県立近代美術館の水沢勉さんになった、と発表があり、「落ち着いて見る事のできる展覧会」を目指すとの発表があったそうだ。サウンドスケープをずっとされてた作曲家の吉村弘さんの最後のCDはこの美術館のためのもので、CDの解説は水沢勉さんだった。一緒に作り上げた方だ。とても静かな方という印象で、きっと3回目のハマトリは品のよいものになるだろう、と予想している。でも、前回、前々回のような若々しい(学園祭っぽいものも多かったとは思ったけど)作品もたくさん見られたらいいなあ、と思います。次回は必ず行こう。


品川のecuteは楽しい、という話しはきのう書いた。品川の構内にはパンのアンデルセンもあるし、大きめの本屋も前からある。新幹線が発着するようになったので、スターバックスもでき、改札の外に出なくてもいろんなことができるようになった。昔も今も良く原稿の受け渡しを改札口でやる。昔は入場券と書かれた切符があったから、それを買って一駅二駅先まで行って、戻ってきたりもしていた。でも、今それは無理になってしまった。品川駅まで数駅なのでパンを買いに行くこともあるのだけど、結局往復チケット代は精算して払わなくてはいけないのだった。何か、もっと良い方法はないかなぁ・・・。それから、ここまで駅中が充実してきたら、駅中目的の人用のチケット、あるいは何か証拠が残るようなパスでもできたら良いかもしれないなあ・・てな事を思ったゾイ。


今朝の夢。亡くなった父が現れて、『人形の街』という居酒屋にわたしを連れていこうとする。でも、全然見つからない。怪し気なチャイナ服のマダムが出てきて「こちらの店に来てぇ〜」と誘う。父に「この人に場所聞けば?」と小声で言うと、「そんなことはできん」と言う。男はみんなこうゆうことを恥ずかしがるのだ。結局わからないまま上海風洋中折衷居酒屋に入ってしまい、白菜と海老のクリーム煮と、海老の卵白ふわふあ〜〜みたいのを注文。白い食卓だね。白いレースのクロスの上には3本の蝋燭ののった燭台。その奥でアイリッシュバンドが演奏してる・・・なんて単純なんでしょうね。

因にきょうもゴマ油を使い水餃子。まったくプライドの欠片もないわ。そして、子どもに「童貞」の意味を聞かれました。ビール飲んじゃいました。ウィ〜〜ッ

 



◆2007年1月16日(tue) 「カチャ」が好き


パンケーキ with クランベリーアイスクリーム。メイプルシロップはコーヒーについてくるのよー

昼、品川のekinakaでナネットタンバラー陽子とパンケーキランチする。わたしの最近のフェイヴァリットスペース。お外でストーヴにあたりながら食べまする。先日はおまけにラスクが付いていたんだけど、きょうはヴァレンタインの季節限定のチョコレートが付いてました。

外出先で仕事のための下絵をほとんどして、帰宅してからはこまかいディテールチェックのため調べもので時間が過ぎる。きょうはネットでマイクロフォンを調べた。描くものはそんなに細かいところまで必要ないのだけど、調べてみるとおもしろくって、しばらくマイクとそのコネクターの部分ばかり検索して楽しんでしまった。
わたしは機材によってコネクターがいろいろ違うのが結構面倒だなあ、と日頃から思っているんですねえ。そんな機材を使わない人でも、イヤフォンのジャックがいろいろで「ええ!?これ合わないじゃん!」とガッカリした経験のない人はいないと思う。
ピン、ミニ、標準・・・オス、メス・・・・これを機材に合わせるためにつかう接続部品も、その種類だけ揃えなくてはならない。こうゆうものの中でも単なる好き嫌いというのはあって(わたしは)、マイクの三つの穴と突起(すみませ〜〜ん、専門用語知りません)は好きなのでした。あ、キャノンです、キャノン。これをカチャッとはめた時ピンやミニのジャックよりも「やった」感がある。変質者と思わないでね。この感触が好きなのよ〜。
たしかに、コレは変質者かもしれないけど、マイクは形もいろいろで、昔の丸いものも四角いものもレコーディングに使う蜘蛛みたいなのも機械って感じでカッコいいと思ってる。
「カチャ」フェチ。マイクのプラグはかならず「カチャ」という。
シートベルトの「カチャ」・・・やった・・・・。ガスボンベの「カチャ」・・やった・・・やった、やった・・・・・うわ〜変質者だぁ。

夜、冷蔵庫の中のものでおかず。豚肉とトマトと卵でまた中華を作ることにした。トマトと卵のふわふわ〜炒めは美味しい。工房にいた中華通の人が以前おいしいのを作ってくれたのが忘れられない。でも、わたしは作ったことがない。なんとかできたものは非常に見た目が悪いのでした。トマトが崩れている。卵が肉に絡み付きすぎ。ただし、甘酢味がすごーく美味しくて、これも「やった」感があったのでした。でもやっぱり料理は見た目が良くないとイカンので、これは今後の課題とする。ウム、卵白を肉に絡めたのが問題か。そうか、油が少なかったのだな。しかし、油っこいのもナンダナ。トマトを早く投入し過ぎたか。
などと、頭の中この料理のことでいっぱいになってしまった。

 


見た目の悪い中華料理。
豚肉とトマトと卵のふわふわ〜な炒めもの。
でも、ふわふわ〜じゃなかった。


◆2007年1月15日(mon) アイルランドに生まれていたら


グリーン

*もしもきみがアイルランドに生まれていたなら、
 「死んだほうがましだ」 と嘆くだろう。*

これは、ジョン・レノン の『THE LUCK OF THE IRISH 』の一部。1972年の曲。イギリスによるアイルランドへの長く厳しい弾圧に対するプロテストソングでした。力強い怒りに満ちた歌だった。

きょうわたしは銀座で英国の美しくもおもしろい本のための打ち合わせをした。早く終ったので、その足でシネカノンでやっている
ケン・ローチ『麦の穂をゆらす風』を見たのだった。皮肉にも。すぐにジョン・レノンの曲が頭をよぎった。
5分とたたない内に心臓の動悸が止まらなくなってしまった。怖くて。

同じような動悸は数回味わったことがある。お茶の間で夕飯を食べている時に見た赤軍派の『浅間山荘』事件、三島由紀夫の自決、大学在学中に見た民青による学部長吊るし上げ。最初の二つの方が社会的には大事件だけれど、最後のものの方が心臓が飛び出そうなほど怖さは感じた。それは、実際に目の前にしたものだったからで、自分の目の前数メートルの壇上で人が「殺されるのではないか!?」ということに直面した初めてのことだったのでした。この日本でそんなことほとんど考えられないと思っていたことを目にして倒れそうなほどのショックだった。棒を振り回す人を見たことだって滅多になかった。だからそんな人を見た時にはえも言われぬ不快感と恐怖で気持ちが悪くなる。暴力とはそうゆうものなのだ。大声で怒鳴るのも同じような気持ちになる。

アイルランド革命と内戦。結局武力に向かっていく悲しさとやるせなさで動悸が最後まで続いてしまった。途中で出てしまいたいくらいだったけど、こうゆうのはキッチリ最後まで見なくてはいけないのだな。目の前で見る血は怖い。でも、今も世界中でこの敵も味方も入り乱れ混じりあった悲しい血を見ている悲劇的、あるいは悲観的な人たちがいるのだ。

先日、あまりにも税金が高いのでアッタマに来て、一揆だ!一揆!と思ったわたしですが、実際にできそうもない。天気の良い日に座り込みするくらいがせきの山。腐った今の政治家のために一揆で犬死にしたくないよぉ、と普通は思うんだよ。じゃ、何ができるのかなあ。歌うのか?絵を描くのか?今朝、NHK朝ドラで岡林がかかり、反戦フォーク集会のことが出てきたけど、あんな風にするしかないのかなぁ。わたしも少しは社会派な歌があるんですよ。でもね、「税金、高い、高いたっか〜〜い!」って歌はちょっとやっぱり歌えないです。
できたら、愛の歌を。

なんともいえず苦しいままで、映画館を出る。
いい映画だった。でも、あまりにも重たかったよ。

国立感染症研究所の発表によると、
今回のノロウイルス被害は牡蠣の食中毒ではなく、主に人から人へ感染するGII/4型だったそうです。
よかったですねえ。広島の牡蠣業者の方々。わたしは全然お構いなしに頂きましたし、きょうも元気ですよ。

きょうは、映画を見てやるせない気持ちではありましたが、仕事もチラとして、牡蠣ご飯も作りました。もぅすっごく美味しかったです。映画を見て、わたしもなるたけ卑怯な生き方だけはしないようにしよう!とおもったのですが、おかずは牛肉の中華風炒めで、ゴマ油だけではなく牡蠣ソースまで使ってしまいました。ああ、卑怯なことをしてしまった。でも、牡蠣だからね。
これで牡蠣は終了。牡蠣の終了と共に手帳も終る。というのは、わたしの手帳は4月始まりのだから。でも、この時期に嬉しいことにもう春の予定も入るので、こうなったら9月始まりの手帳も作ったらいかがでしょう・・・って欧米か!

どの月から始まっても、同じことですね。本当は。


牡蠣ご飯とあさりのすまし汁。


◆2007年1月14日(sun) 恐るるなかれ、君にカキあれ!


『鳥と曲馬』
ギャラリーページ「犬・猫・エトセトラ」更新しました。

ギャラリーページの更新は昨年末に大分進んだけど、2005年2006年と新作が多かったのでやってもやっても終らない。
今月中には最新作までやってしまおう!と心に決めたけど、たまってるんだなぁ、いろいろと。
きのうギャラリーページの中にある『犬・猫・エトセトラ』をUPしましたので、見てね。これは2005年の代官山And.b.c.d.でやった二人展の物の内の何点かと、立体が何点か。藤沢のギャラリー・アリアスで出した立体もあります。写真がイマイチですが、良いのが撮れたら少しづつ補正しようと思ってます。「犬・猫・エトセトラ」

赤、青、黄、だけじゃなくビビッドな色が好きだ。気持ちがウキウキする。

ドッグランで犬と遊んだ。知合いにバッタリ会って立ち話。その後バーミヤンに行ったら、ドリンクバーに9種類の中国茶があって嬉しかった。熱々のお湯が茶釜で沸いていて、自分で急須に茶葉とお湯を入れます。何杯でもOK。
『凍頂高山茶』があった。これは前に飲んで美味しいと思った中国の『青茶』で、甘い。最初は香りが立つのがいい感じで、2杯目、3杯目もおいしく飲める。ほかの青茶やウーロン茶も試したけど、やっぱりこの『凍頂高山茶』が一番おいしい。何杯も飲んでそれでほとんどお腹がいっぱいになってしまった。

そこから川辺に遊びに行って鉄橋など眺めながら散歩。帰宅したら広島から新鮮な牡蠣が届いていた。ワーオ!大好きなのだ、牡蠣。広島での個展はいつも春で、牡蠣の季節ではないから送ってくれたのね。ありがとうございます〜。ほかに広島では何がおいしいかしら・・・、5月に行ったら何か食べよっと。

牡蠣はどんな風にしても好きですねえ。生にレモンをかけてというのが一番おいしいと思いますが、牡蠣フライもご飯も鍋もおいしい。実はきのうはホットプレートをだして牡蠣のお好み焼きを作って食べたばかりでした。
昔パリに行った時に食べたのも忘れられない。2月に行ったので調度良い季節で、牡蠣が山積みされているレストランを選んで入ったのでした。牡蠣だけは絶対食べたかったので『ユィトル』というフランス語だけは覚えていったとですよ。で、席についてさっそく「ユィトル、シル・ヴ・プレ」と言ったら、全然わかってくれない。しつこく言ったけど通じない。でも、絶対アレは意地悪されたんだと思います。結局「外にあるのをくれ」と言ってお終い。2段になったアフタヌーンティで使うようなセットで饗されました。おいしかったな・・・。

箱をあけると、紙が一枚ペラリと入っていて、店主からの一言が添えられていた。生食用とあるのに、『生食で充分安全ですが、ノロウィルスの関係で今回に限り加熱してお食べください』てなことが書かれている。さて、どうしたものか・・・・。店主も厳しい状況に追い込まれているに違いないから、こうゆうこと書かなきゃならないのも辛いでしょうねえ。
でも、封をあけた途端やっぱり我慢ができず、とりあえず塩で洗ってからレモンを絞って食べました。おいしい・・。プリプリ

でも、店主のあのような能書きを読んでしまったら、プリミティブな肉体を持つわたしでもちょっとは怖くなるんですよ。で、箱の中に入っていたレシピ集の中に鉄板焼というのがあって、これもおいしそうだっし、ホットプレートが出たままだったので半分はコレにしました。
レシピでは小麦粉をサラッとつけて焼いて、お好みのタレで食べるとなってたけど、絶対バターだな。タレはいらないな。というわけで、野菜と共にバター焼き。レモンと塩で食べました。おいしいぃいいよぉ。
相当食べましたが、まだありまして、あしたは牡蠣ご飯にでもしようかと思っとります。ビールは1杯だけ飲んだ。それで顔が赤くなったとは思うのですが、心なしか痒いような気がしてしまう。しかも子どもが「死なないでね・・・」と小さい声で言ったりするのよね。
ドドドーしよう。今んとこ無事。多分大丈夫。
あしたをお楽しみに。


生牡蠣&バター焼き。


◆2007年1月12日(fri) リチャード3世の紋章

初英会話。すっかり英語がわからなくなっている。

エミリー先生に年賀状を渡し、干支と「いのしし=wild boar」について語る。ジビエ料理の本に書いてあった「いのししを食べると勇気と力が得られるとフランスでは言われている」という話しをした。最後に「猪突猛進」という言葉を教えてさしあげたら、手帳に漢字で書いてちょ、と言われたので、ひらがなと共に書いて差し上げる。一文字づつの解説を問われ、なんとか汗をかきながら説明したら、おもしろがってMacを引っぱりだしてきてググる。最初は中国の干支で調べる。すると、そこには「pig」についてばかりが書かれている。絵はいのししだけど、豚と一緒にしているらしい。勇気や力どころか「シャイ」な性格について語られている。
それから今度は「ギリシャ神話」も調べる。ハーキュリーのことが書かれていた。ハーキュリーとはヘラクレスの英語読みだから、とにかくマッチョ。アニメで「マイティハーキュリー」ってのがあったっけ。ムキムキ。これがいのしし的ということなのか、それとも神話の中にいのししが出てくるのかよくわからなかったけど、やはり西洋では力の象徴になっているのだろうと話すのだった。それからヒンズーの神様も調べる。すると、頭がいのししの神様が出て来て、半分しかわからないまでも、どうやら地球を救った(水のなかから優しく持ち上げて)力持ちらしい。インドから少しづつ優しさが加わって、中国ではシャイな動物になってしまったらしく、おもしろいと思った。
さらにシェイクスピアでも有名なリチャード3世の紋章がいのししであることがわかった。これはおもしろいと思い、実はエミリーのところを出たあとエッシャー展に行くつもりだったのをやめて即帰宅。リチャード3世の紋章を調べて半日楽しんでしまった。

リチャード3世好きという人が随分いるようで、わけなく紋章の画像が見つかりました。わたしが描いた立っている赤い犬の版画を個展で見た額屋さんが、紋章の面白さについて語っていたっけ。その時にはクリスマスの絵の中にわたしが描いたリスについてが主な話題で、そこから侵略した地域の象徴を旗にどんどん加えていくのでヨーロッパの旗にはたくさんの意味がある、というようなことを話してくれた。わたしの赤い犬はなんで立っているかって、それは別に紋章とは関係はなかったのだ。しかし、調べるとおもしろくてしかたがない。
リチャード3世好きは今年の年賀状、さぞかしはりきった事でしょう。


1984年発行、紋章院創設500年記念切手。
リチャード3世が創設者なので、紋章が使われている。
イングランド王の楯のまわりにガーター勲章があり、楯持ち(サポーター)は左側のデクスター(ここではライオン)の方が右側シニスター(ここでは白猪)より位が高いらしい。
サポータ-のいないリチャード3世の切手はココ
紋章のサイトはココ

The Society of Friends of King Richard III
よりの画像

こちらは両脇共に白猪。
上の猪のほうが素朴でかわいらしいなぁ。


しょっつるがまだ残っていたので、第二回目のしょっつる鍋を作った。今回は魚は前回ほどのものではなかったし、一回目感動したので二回目は普通のおいしさだったけど、雑炊は相当美味しくできてよかった。満足。家でのパーティではホステスもしなくちゃならないから、ちゃんとした作り方については半分しか見てなかったような気がする。残念。
だしをとったあとのこんぶが相当あったので、細かくきざんで佃煮を作る。相当あるんだ、コレが。
以前、本物の割烹料理屋の鉄人と近所だったので仲良くしていた時に、何回か大田市場に一緒に行って買い出しから一緒にやったことがある。鰹だしで有名な鉄人の門下だったから、やっぱり鰹ぶし屋で買っただし用の量は半端じゃなかった。どさっと使って煮物を作ってくれた。普通の主婦はそのへんがみみっちい。わたしもみみっちい。
こんぶの佃煮は、見た目は悪かった(ヌルヌルして切るのが大変だったので、そんなに細かくない!)がまあまあ美味しくできた。

その第一回目しょっつるった時にレクタングルのオムニバスCD(ノエル・アクショテがたくさん入ってる)の話しを少ししていたのだけど、何を思ったか「ペンタングル」とずっと言っていたような気がする。なんで今ペンタングルが口から出てしまったのかようやく解明。それは少し前にFMNの石橋さんがペンタングルにいたバート・ヤンシュの新譜のことを書いていたのを読んだからだったのだ。レクタングルは 矩形(くけい)。長四角形。ペンタングルは?星型だっけ。ジャケットが美しいBLACK SWAN。即帰宅したくせに、実はRed High-heeled shoesを途中で買ってしまった。セール中の店ばかりで、渋谷や恵比寿は危険地帯だ。


◆2007年1月11日(thu) 『WIRED』のBeck


『WIRED music futurists』
1. Granada/Esquivel
2. Plutonian Nights/Sun Ra
3. Pulse/Reich
4. Spoon/Can
5. International Feel/Never Never LandTodd Rundgren
6. 2/1/Eno
7. Beautiful World/Devo
8. Cloudburst Flight/Tangerine Dream
9. O Superman (For Massenet)/Laurie Anderson
10. She Blinded Me With Science/Thomas Dolby
11. Cry/Godly & Creme
12. Schizophrenia/Sonic Youth
13. Total Soul Future (Eat It)/Beck
14. Thoughts Like Rain/Dj.Spooky
15. After the Gold Rush /Ben Neill


このCDはとても好きです。雑誌WIREのエディターが集めたとかなんとか解説が英語なんでちゃんとわかってないですが・・・(WIRED MAGAGINE PRESENTSです)。イーノ、ライヒ、アンダーソンも、CANもDEVOもあり。サン・ラもいい。意外にわたしはベックの次にはソニック・ユースが好きだった。ギターが楽しいので。で、DJ.Spooky,タンジェリンドリームなどが入ってるのが?だけど(タンジェリンドリームはやっぱし無くてもいいや)、トッド・ラングレン、Godly & Cremeも特に違和感もなく。ほかは知らない人だけど、Thomas Dolbyという人のもポップでよかった。すべてどこかに発展性を匂わせているところが共通したところで、そうゆうものは聞いていて気持ちが良い。わたしがもしもコンピを作るとしたら、やっぱりこんな風なものが良いな、と思った。プラネタリウムの中で聞いたら心地よいだろうなあ。


『Tin Pan』

『WIRED』のBeckといっても、ジェフ・ベックの事ではありません。
おじいちゃんがフルクサスのアーティストのアル・ハンセンの、ベック・ハンセンのことです。

きょう6年振りに貸していた2枚のCDが送られてきました。それが左の写真の
『WIRED』と『Tin Pan』。何を貸していたのか記憶が定かではなかったのだけど、『WIRED』だけは覚えていた。6年もたっても、この中で一番好きなものは変わらずBeckの「 Total Soul Future」だったのでした。これは1999年リリースのアルバムでわたしが買ったのは2000年。偶然見つけて買ったもので、実は90年代半ばほとんど音楽を聞かなかったわたしはベックについてほとんど知らなくて(あんなに流行っていたのにねえ)、この曲を聞いた時に、「好きだ」と思ったのでした。ウニャウニャして一見調子っぱずれなギターがなんとも心地よくて、シンプルだけど新しいと思った。そのあたりのことは当時の日記をひも解けば出てくるんだけど、なにせ、ブログじゃないので検索機能もなく、今となっては何処に何を書いたのか調べるのももどかしいので調べないけどね。
記憶を辿ってみますれば、その時工房の若い子たちに「ベック持ってたら貸して」と頼み、数枚有名なところを借りたのだった。でも、さほどの感動もなく、違うなあ、こうゆうのじゃないなあ、この人の良いところは・・・。

と、その時グッドタイミングで原宿ラ・フォーレでやっていた「アル・ハンセン展」とリンクし、本を購入。フルクサスのおじいちゃんとベックは仲良しボヘミアンで、大変なアーティストだということを知る。そして、ある時CD屋でモノクロのシンプルなジャケの物を見つけ、なんとなく心が躍る。コレは当たりであろう、絶対当たりに違い無い!と確信して買ったCDは果たしてすばらしいものでした。
ところがドッコイ、このCDが見つからない。どこに行ったんだろう。貸したのか、それとも持ち歩いていたのでなくしたのかわからない。調べてもどうもわからないのだけど、ダニエル・ジョンストンの初来日の時に一緒に来ていた人(名前が思い出せない。挨拶までしたのに)のレーベルだったような気がする。これは、まさにインディーズというのか、フォークギターをダラダラグリグリと、崩れるように弾くデルタ・ブルース。そこに少しキラリンとした不協和音とリズムが加わって、新鮮なブルースが見えた。数人の編成のもので、写真が数枚入っていただけのものだった。アレ、また聞きたい。兎に角、ベックについて2000年までほとんど知らなかったわたしは、この変型デルタ・ブルースがこの人の本領なのだろうと思い込んでおりました〜〜。いやぁビックリだ。でも、この人はこうゆうのがいいよ。ギター背負って線路伝いに歩く姿が似合うではないの。と、わたしは思ってる。

『Tin Pan』を聞くのも結局6年ぶりなわけだ。
この時、ティン・パン・アレー(ガーシュインがピアノ弾きとして売り込みに行った有名なストリートの名前だよ)のメンバーが大再結成とかで、テレビにも出ていたっけ。昔はっぴいえんどを良く聞いていた時から、中でも細野&鈴木ファンだったので、ティンパンアレーは、やっぱりねー、という感じで好きだった。ほかメンバーは林立夫ですね。再結成版ではナイアガラ大瀧さんとか久保田真琴とか矢野アッコちゃんや吉田美奈子、大貫妙子も加わっていて、豪華でした。このあたりの人はみんな好きなので気持ちの良いアルバムでした。先日コーラスを聞きに行った伊集加代(子)さんもこのあたりで知ったわけだけど、年齢的には結構上の人だったというのは最近知った。
細野さんははっぴえんど解散後も何枚か買いつづけたけど、トロピカルものよりも『HOSONO HOUSE』が好きだったし、鈴木茂も『Band Wagon』が好きだった。この2枚はCDでも買い直した。どちらもそういえばモノクロジャケットで、素朴といえば素朴だった。特に細野さんのは。この2枚は今でもたまに聞く。『Tin Pan』が戻ってきたら、なんとなく吉祥寺あたりを思い出してしまった。なんでかなあ・・・・わぁ、気持ち悪い、なんでだろう??久保田真琴と夕焼け楽団のライブが、ホラホラ裏道のライブハウスであってサ、近くに自然食定食屋があってサ、なんかそれを思い出すのよね。変なの。


◆2007年1月10日(wed) 『食記於英国A to Z』銅版画:叩髭里美

初工房。
今年からわたしが使わせていただいている工房の講師陣が少し移動。主宰の堀内先生とラッパ吹き木口木版永畑氏とがきょうはいた。堀内先生に年末出した年賀状はきのう届いたそうで、どうやら年末といっても25日までにださなければ、もう何日に着くかは保証できないらしい。25日前はクリスマスで忙しいんだもん、日本人だってサ、だから無理。
版画の関係の人はどうかわからないけど、バンド関係の人はお正月よりも年末の方がイベントは完璧に多いと思う。わたしはもうすっかり何の予定も入ってなくて、これからわたしはどうなるんだろう・・・・とちょっとは気に病んでおりました。ところが、数日前からバタバタと用事が決まり出して、こんなにいろいろ決まると還って怖い。身動きとれなくなるのが怖い。

今決まっているのは、去年からさせて頂いている百貨店関連で、
2月28日〜3月5日「ポチ・たま展」伊勢丹府中店7Fアートギャラリー。今回は立体や大きな作品を置かせていただくことになりそうです。それから恒例の工房展も春のイベント。4月16日〜21日 神保町「文房堂ギャラリー」 『ザボハウス展(工房展)15th』。ほかにも急遽きょう広島ギャラリー・バザレでの個展が決まり、こちらは5月となりそうです。広島には『英国フード記A to Z』の原画も持っていく予定です。前回伺った時にはうまい具合に大阪でソロのライブを組んでもらったので、ギター持参でしたが、今のところ(というかきょう決まったので何も動いてないけど)そうゆうことまで考えられない状態なので、どうなるかわかりません。倉敷、神戸一人旅でもしようかしら・・・・アンニュイに。なんちて
新作を作るもの、作らないもの、といろいろなので、忙しいようなそうでもないような、よくわからない状況です。

もう一つ楽しい連絡がありました。
『英国フード記A to Z』の台湾版が出るんだって!ヤッタァ〜海外進出!と言っていいのでしょうか。勿論文章は中国語になるわけですが、タイトルはどんな風になるんでしょうね。『食記於英国A to Z』とか、そんな感じなのかな。楽しみ。これで台湾にでも行けて、有名な博物館に行って、美味しいものたくさん食べて、ってことでもあればすんばらしいですが、そんなうまい話しじゃないのよね。でも、わたしの版画はそのままの使用なので、とても嬉しい。

工房での初仕事は次の本のための版作りでしたが、お正月気分で数名とお菓子をつまみながら年賀状の写真談義などする。わたしの場合は仕事の挨拶を兼ねていることもあって写真を載せたことはないですが、子どもが何歳になったかはたまに書くことがあります。友だちの子どもがみんな随分大きくなっているのを見ると、我が身も比例していることを思い出してしまいギョッとなってしまいます。

家に帰ったら、英会話のエミリー先生からアポイントメント電話。物凄い早口の上に不意打ちだから、外国人からの電話は恐怖なんだよねー。兎に角日時だけ何度も確認して、あとは「See you again」と言って早めに切る。ホッとしたのもつかの間、1時間くらいしたらまたかかってきた。ヒエ〜〜、日時の変更かしら??面倒くさいぃ〜、間違えそうー、どうしようー、と思い「ハ〜〜〜〜イ、エミリー、ホワット?」と言った途端「ペラペ〜〜ラ、ペラ〜〜〜リ」とまくしたてる。「あのー、何?里美よ、わたしは」と日本語で言ってみたら「OH~~NO^~」間違っちゃったとよ、何も問題はないのよ、ただ間違って里美にかけちゃったとよ。とのことだった。寿命が縮む。苦手。外国人の電話。結局また「See you 」と言って終った。こんな時英語で気の利いたジョークの一つも言えたらいいのに。『ま〜〜ったくエミリーったら不思議ちゃんねー、今どき流行んないわよ〜、オーホッホ、いっつジョークよ』みたいなくだらないこと言ってみたいです。
夜はきのうに引き続き写真の整理。年末のライブ写真が多過ぎて、見るのだけで疲れた。

BBSのアドレスを変えました。トップページ、または上のバーから復活しました。コチラ

松本里美とThe Young Sweaties

◆2007年1月9日(tue) しょっつるる


しょっつる鍋しました。
ほかの写真はコチラから。

昨年は大掃除をしてはパーティをする、というのが2度ほどあったと思うのですが、今年第一回目のパーティはバンド関係でお世話になった友だちたちとの新年会となりました。

きのうはキャロサンプ野田っちがお料理のほとんどを作ってくれることになり、家からしょっつるを持参、『そい』と『べろかじか』という、普段まるで食べない(わたしは)魚を持ってきてくれました。本当はハタハタを入れるんでしょうが、時期的に(お正月だから)スーパーではそのお姿を見ることができず、急遽こういったお魚になったのでした。野田ちはお料理上手。お料理上手は手際が良いし、後片付けも同時進行なので常にキッチンがきれいで良いですねー。わたしも日々そのようにしたいとは思ってますが、毎日毎日のことなので、だんだん駄目駄目になってくる。きのうは途中千駄木くんやもりえZさんも、洗いものをチャッチャとしてくれて、ありがたかった。この方たち、みんな慣れてる。スバラスィ〜

お世話になったサボテンメンバー、そして牧野くん、ひらちゃん。バンド関係は絵の関係とは全然違ったノリというのがあって、おもしろい。そして、だんだんカオスになり、シャンパン、ビール、赤ワイン、白ワイン、と(ワインは5本カラになっていた)おいしいお料理でドンドンすすんでしまうため、最後の方が記憶喪失っぽい・・。どうやって寝たのか覚えてなくて、ズボンだけぬいで寝ていた。野田ちは料理作るばっかりで、お酒も飲んでなかったのに、悪い!悪いですっ!本当にありがとー。
そして、今朝ぐったりしながらも学校がきょうから始まるので無理矢理起きてご飯を作り、そのまままた寝てしまった。起きたのは12時で、シャワー。そのあとは何も食べる気がせずヨーグルトだけ。何故か体重が減っていた。脱水症状かなあ。録画してあった「ムーラン・ルージュ」を見ながらまたソファで居眠りをして(おもしいと思った映画だったけど、そうでもなかったので)、やっと5時ころになって復活するのでした。ゴメン!こんなで。

面子がみんな楽しくて、話しの中心が音楽というのも素敵。しかし・・みんな食べることも好きだなぁ。あっという間に鍋はなくなりました。子どもにも気を遣ってくれる人たちばかりで本当にみんないい人たちです。好きです。LOVE。
アリガトー、今年もみなさんのご活躍をお祈りしておりますー。そして、わたしもがんばるね。


◆2007年1月7日(sun) ガウンを着ている


こんな感じのガウンを着ていたわたし。

初夢は忘れてしまった。
でも、今朝の夢は覚えている。久米宏の奥さんになってました。豪邸に住んでいて、超キングサイズベッド・・・6畳分くらいだからキングというよりマハラジャクラスかな、そんなベッドの置いてある部屋。ベッドの端にゴールドの刺繍のあるガウンを着て脚を組んで座っているゴージャスなわたし。
1畳分くらいある(すべて畳みの大きさで表現するところがあまりにも現実は庶民)鏡がついた白とゴールドのロココ調鏡台に向かってブラシで髪をとくアンニュイなわたし。
そこへテレ朝の渡辺アナが入ってくる。最近じゃペンションのバンダナ巻いたオーナーくらいしか着てないもったりしたカウチンセーターを着用。わたしが超セクシーなため(すみません、夢なんで許してケロヨン)見ないようにして書類を持って入室。
「あの〜きょうの原稿、ここへ置いていきます・・・」とデスクに置く。
答えもしない高飛車なわたし。
雰囲気としては『悲しみのトリスターナ』のカトリーヌ・ドヌーヴのわたし。
相当美化。
テレ朝の渡辺アナが廊下に出て行くと、少したってからヘアブラシを持って裸足でドア越しに仁王立ちになるジーン・セバーグなわたし。『勝手にしやがれ』では唇を親指でこするアップで終るけど、夢ではヘアブラシで短い髪をザッとといている後ろ姿で終るのでした。
さらに美化。
廊下といっても、そこは中庭のあるきれいなタイル貼りの回廊で、中庭は熱帯植物だけど、ガラス貼りの中の回廊はヒンヤリしているのでした。。
佇む姿は、髪型からして『ジョンとメリー』ミア・ファローか『勝手にしやがれ』ジーン・セバーグか、はたまた『裁かるるジャンヌ』のクローズアップか、『愛の嵐』シャーロット・ランプリングか・・スマンです!本当にスマンです!非常に美化されまくり。
でも、こうゆう感じの女優さんが好きなので、嬉しい〜。いい夢だ。なんで久米さんの奥さんだったのか、わかんないけど、夢だからなんでもアリよね。渡辺アナがどうしても久米さんの弟子のように出てきてしまうというのはかわいそうだけど、今だに重なって見えてしまってるんだなー。

ガウンというのも変なアイテムだなぁ。日本人で着ているのは今どきでは舘ひろししかいない、と誰かが言っていた。外国の人は映画みたいに本当に普通に着てるのかな。

◆2007年1月6日(sat) グレニー

問題だらけの年賀状配送発覚。届いている人の方が多いだろうけど、「もしかしてわたしのところに送ってくれてますか?届いてないけど・・」と連絡があったり。親しい間柄では聞けるけど、普通聞けない。年賀状は当人にわざわざ聞いたりできないというのが怠慢さに拍車をかけているに違い無い。郵便配達人のモラルに賭けるしかないってのはなんとも情けないなぁ。彼女の年賀状はきょう届いていました。きょうはバラバラと届き、どうも年末に出した人のもおとといあたり出した人のも一緒になっているフシがあり、どこかでストックされていた感じがする。これなら、普通郵便で出した方がよっぽど良い。年賀状と個展ほかのお礼状も兼ねて送っているので、届かないのはホンット困ります。追跡調査はきっと相当数の件数があると思われますね、今年は。昨年友人ひとりは追跡調査をするハメに陥ったし、もう一人のなどは、結局わたしの元へは届かずで、律儀にも再度投函してくれた。

モヤモヤしながら、雨だったので外食にでかけたり、初売りで小奇麗なものを買ったりした。きのう引き出しの整理をしたらたくさんの未使用ファブリックが出て来た。未使用なのに埃っぽかったので一斉に洗濯してしまったけど。こんな大雨で、家の中に干さねばならず、スッキリしないなぁ。
おとなしく家で掃除しつつ『シンプソンズ』を見て笑い、そのあと
エヴリン・グレニーのドキュメント2本見る。映画『Touch the Sound』のプロモーションで来日した時の模様などを収めたものはおもしろかった。とてもほとんど聴こえない人とは思えない。タップダンスの人と彼女のマラカス演奏というのが良かったです。そして、とてもファッショナブルで、演奏のスタイルをちゃんと考えててプロフェッショナルなのでした。映画の方はまだ見てないけど、フレッド・フリスとの場面も見られた。なんかとっても太ったフリスでしたが、それは良いとして、これまた工場の中でやる、というイカシたシチュエイション。こうゆう場というのも大事なもんですねえ。
最初のシーンがスネアだけの演奏だったので、ドラムを始めた子どもにも見せた。彼は「スネアだけの曲なんてない」と先日言い切ったのでわたしはビックリしてしまい、スネアひとつで演奏することもあるハン・ベニングの話しなどをちょうどしてあげたところだったから、グッドタイミング。ふつうのバンドのものばかり聞いているから、どんなやり方も『アリ』だということがわからない。しばし呆然と見ていた。

これを見たあと、もう1本BBC1985年制作の(グレニー20歳)『勝利への意志』というリーフェンシュタールみたいな勇ましいタイトルのドキュメントも見る。こちらは音楽大学でのグレニーの天才ぶりが見られます。ショルティの前で演奏して大絶賛されてました。身体ユレユレ眉八の字モーツアルト弾きの内田光子さんも流暢な英語で大絶賛。
彼女はスコットランド出身だったのね。
このドキュメントではスコットランドからロンドンの彼女のフラットを訪ねてくるお母さんが映ってるのですが、これが女王ヘアスタイルに眼鏡で、発音から見た目からエリック・アイドルでわざわざ繰り返して話すところを見てしまいました。オービューティホー、ビューティホーとドラムセットを見つめるお母さんにとってはグレニーは天才音楽家ではなくてかわいい娘さんなのでした。とても素敵。
青山の小学校でのワークショップも楽しそうでした。身体をつかって演奏する楽しさが伝わってきて、子ども達とてもすばらしい体験をしたと思います。英語をしゃべる子なんかもいて、青山って感じ・・・・。
きょうはここまでとする。


◆2007年1月5日(fri) エンドレスレレレのレ



昨年伊東屋のギャラリーで買ったアンティーク本の中の一枚。ナーサリー・ブックです。フランス製。『ハーレクイン』というタイトルです。フランス語読みすると『アルルカン』。ここにある詩がいまいち解らないのだけど、『Polichinelle is the French name for Punch』と書いてあって笑ってしまった。誰だ?これって。フランス人はみんな知ってる人物なのだろうか。サティの曲に『イタリア喜劇』というのがある。ここでは『スカラムーシュ』という道化がでてきます。臆病でホラ吹きのイタリアの有名な道化です。ところで「ハーレクインロマンス」っていうのは何なんでしょうねえ。一度も読んだことはないのですが、公然と読める女子用アダルト本だったりして。

結局掃除に明け暮れる新年となっている。
でも、サグラダ・ファミリアのごとく、それはエンドレス状態となっており、アチラが終って、コチラに没頭していると、もうすでにアチラは崩れ落ちているという具合なのだった。これではショーガナイじゃないか!でも、段々楽しくなってきたのでした。きょうは薬箱の中を見てみた。ハッキリ言ってまったく見る機会がわたしにはありません。なので中がどうなっているのか知らなかったのだけど、そこには古くなった薬と何故かタイガーバームの軟こうがたくさん入っていたのでした。昔香港に行った時に買ったものジャン!これは捨てました。恐ろしい・・・古さ。まったくの専業主婦だったら、どんなにか家の中はきれいになるだろうか。でも、案外そうなったらそうなったでゴロゴロしてるのかもね。

きょうになって年賀状がドサッと届きました。一体今年はどうなっているのか、消印が打たれたものをよーく見ると、12月29日には出されているものも多数ある。早くだしているのに、これは酷い。元旦に届いたものの中にも消印がバンと押されているものがあり、これは30日に出されている。どうゆう具合でこうなるのか、これは郵便アルバイターの心意気にかかっているのでしょうか?昨年は行方不明のままウチに届かなかった友人の年賀状もあり、わたしのが届いてなくて川に捨てられていたら嫌だなあ、と思いました。怪しいと思ったのは、きのう三等兵ギタリストと電話で話していたら、年末には出してるってのに、「届いてな〜〜い!」と言われてしまったからなのよん、どうなってんのよっ。届いてなかったら追跡調査しますので教えてチョ。

薬箱の次にCD-Rの整理と引き出しの中の整理。
それから品川駅の構内の最近気に入っているお店で石井理恵子さんと新しい本のための打ち合わせ。ここは良いです。良いから教えないんだけど、コーヒーだけじゃなくてワインも飲める屋外カフェです。家から近いし改札を出ないですむのも良い。石井さんの新しい本はやはり英国本で、英国に行く人にはとても楽しめる本になりそうです。今回は小さな版画を何点か、というところですが、楽しく仕事できそうで年頭から良かったです。『エヴリン・グレニー』の映画とドキュメントを貸してくれた。今年も来日するそうで、エ、どうしようかな、見に行こうかな、と思ってます。モンマルトルのメリーゴーラウンドの怪し気な写真もいただく。これが無気味で良いので飾ることにした。

本を作るのは難しい。いくつもの工程があるうち、絵は頼まれて預けてしまえばそれでお終いだけど、そのほかの人たちは最後の最後まで気が抜けないだろうから神経参りそう。絵描きで良かったゾイ。

きのうの『GOLDEN BRASS SUMMIT』のブックレットを見ると、悩まし気な女ダンサーの写真も数枚あるのですが、どうもわたしはコレが好きになれない。ダンス自体があまり好きじゃないのかもしれない。ロマバンドにくっついてくるダンサーは全然わたしには駄目だ。なければいいのに・・・・とさえ思ってしまうので、申し訳ないけど、男ばっかりの方がいいな。最近は向うでも女のトランペッターもいるみたいで、これからはだんだん増えていくのかもしれない。楽器はいいけど、ダンスは目の前で踊られても目に入らないわたしでした。

引き出しからいろんなものが出てきてつい見てしまうのだった。


◆2007年1月4日(thu) ガッツヴィッチ



あけましておめでとうございます。
今年の年賀状です。
『GUTS』って言葉、どうかと思いますが、今年は『勇気』と『力』に満ちたいのしし君にちなんでこんな言葉を心の隅に置いて生きていこう!と思う
意外に根性のないわたしです。
本年もこんなわたしですが、よろしくお願いいたします。

フランス料理の本の中のジビエ料理のページにはいのししが載っています。わたしが見たものの中に、西洋人はいのししの肉を食べると、「勇気」と「力」を得ることができると考えているという記述がありました。
わたしのいのしし君は、『文武両道』。力もあるけど、本も読むし、音楽もいたします。
みなさんも『GUTS』で行きましょう。

新年あけましておめでとうございます。

3日休息をとると、完全復活することがわかりました。元気です。
クリスマスは楽しいですが、休むという感じはまるでないですねえ。年末からお正月にかけてが日本人にとっては一番心身ともに休まる時なんだろうと思います。特に信仰心も無い人間ですが、お墓参りはいつもしてまして、お正月は相模原の山の方にある父のお墓参りに母を連れて行くのが恒例となっています。母が般若心経を詠みます。ギャアテイギャアテイハァラアギャアテェ〜。そのあと何故かファミレスに寄ってチョコレートパフェを食べる、というのも恒例の行事となってます。中にコーンフレークがぎっしり入っているのが気に入らないのだけど、不二屋レストランのは合格となっている。ところが実家のそばの不二屋がいつのまにか無くなってしまって、今回は別のところで済ます。
そのあとは実家で宴会となる。姉の家族も来てワイワイで、雰囲気は先日の『のだめ』の最終回にあったようなのだめちゃんの実家のカオスに近いです。おせちとお寿司とでさえもうメタボリック危険値突破となるのに、姉が食べ物関係に勤めているため、さらにオードブルやケーキをたくさん持参するので恐ろしい状態になる。わたしはいまだに末っ子の特権で、「ホラホラ、これ持っていきなさい」天国(地獄でもある)で、たくさんの食料や家庭用品を持たされる。で、このわたしにまるで似てない面倒見の良い姉が恐ろしいことにカラオケマイクというのを持ってきた。ホラね、まさにのだめちゃんちの実家。「ホラ、歌いなさいよ」と言ってみんなに歌わせるのだ。母が好きだから歌ってよ、と言われて欧陽菲菲『Love is Over』を歌う。これは低音で歌い易かったのでさぞかしいい点が出る(採点するとおもしろい)と思ったらたったの65点だった。それから姉は勝手にユーミンの『あの日に帰りたい』を選んで「ホラホラ里美ちゃんそっくりだからコレ歌いなさい」と強制的に歌わされ、仕方がないから真似しながら歌ったら『81点』でした。まずまずですねえ。高得点を得るためのコツは段々わかってきたのだけど、だいたいは高音で歌うのが良く、歌の頭をピッタリと前のめりで合わせる、というのもコツなのだ。サビではセリーヌ・ディオンみたいに声を張り上げると良い。とにかく、静かに低音で雰囲気だしても駄目で、こうゆうもので慣れていくと、どんどん歌は下手になるような気がしてきた。でも、良い点が出ると情けないことに嬉しい気持ちになるもんなんだなぁ〜。もう歌いたくないわよ、と言いながらも、どんな曲だったら高得点が出るか実はちょっと考えてしまったのでした。

そこから今度は伊豆南端へ。大雨の二日もお墓参りはしまして、別荘へ。いや、別荘ではないのですがそんな風に使っている家。ここにはコタツがある。ウチにも実家にもコタツはないので子どもはコタツに入ると喜ぶ。コタツがあるとだらだらしてだらしなくなるので嫌いなんだけど、よ〜く考えてみると頭寒足熱暖房器具なわけで、よくできている。ただ、ゴロンと横になってしまったらもうお終いだ。で、勿論お終いな状態になり・・・・結局チィちゃんまでハァハァ言いながらも中に入ってぐにゃるのだった。全員ぐにゃってイヤぁな感じ。でも、こんなこと滅多にないのでやれるだけぐにゃる。

三日の日は良いお天気となり、近所に初詣でに行き、海で遊ぶ。しかし・・・どうしても鳥居をくぐれない。恐ろしくて写真も撮れなかったが、伊豆のあたりでは鳥居をすぎたところに太いしめ縄を
円状にしたものが飾られており、その中をくぐるようになっている気配。でも、怖くてそんな中通ることはわたしにはどうしてもできない。チイちゃんもどうも何か恐ろしいものを感じるのか、その中は絶対に通らなかった。うーん、やはり怖いものがあるのか、鳥居には。こんなわたしは伏見稲荷にも行けない。赤い鳥居も靖国のグレイな鳥居もみんな怖い。くらくらしてしまって具合が悪くなる。おみくじは小吉で、願い事は焦らずゆるゆる進めば成就する、だそうだ。今年はゆるゆると、でも、きちんと、やりたいものだと思っております。
1軒だけとても良いカレー屋があって、ここでMOONカレンダーを買った。サーファーとロッカーが作った店なので、楽器もあるし本もそんなのがたくさんあり、犬もOKで良いのです。
そして何もせずにビリヤードなんぞしたくらいでこの日も終りました。近くにある温泉に通います。いつも。温泉は凄い。肌がプルプルになる。毎日入っていたらどんだけキレイになるだろう、と思います。でも、そんなにきれいな人は見かけないけど・・・。夜はコタツに入って吉村作治が出てたエジプトの特別番組を見た。ミイラの作り方に感心する。

そして滅多に運転しないわたしも伊豆だけはブンブン走ります。下田から平塚あたりまでブンブン。できるだけブレーキを踏まずに山道でスピードを出すというのが好きなため、乗ってる人は具合が悪くなります。みんな具合が悪くなる前に寝ることにしているみたいで、とても孤独なドライバーです。
家に着くと、
『GOLDEN BRASS SUMMIT』2枚組が届いていたのでさっそく聴く。二ヵ月待ってやっと届いた。これはセルビアのグチャ村で61年からやっているブラスのコンテスト&お祭りのもの。でも、ライブじゃないっぽいなあ。一番有名なのはボバン・マルコビッチで、何度かこのコンテストで優勝しています。ブックレットにはたくさんの写真があり、草むらの中に何十人ものブラスミュージシャンが立っている図は壮観で、英語の説明だと、20kmまでその音は届くと書いてある。演奏にはブラス以外にもヴァイオリンやアコーディオン、太鼓が入ったものもあるけど、ほとんどはブラス。この村にあるトランペットを吹く人の古い彫刻なども写真で見られる。相当歴史は古そうだけど、今使用されているような金管楽器になったのはそんなに古いハズはない。ドイツ語と英語で説明が書かれています。読むのは大変そうなので、しばし封印。聴くのみにします。
ブラスを聴くとキューバで一世風靡したビッグバンドのことも思い出してしまう。ペレス・プラードのマンボは良く昔聴いたもので、日本でも大流行りだったけど、キューバに金管楽器が渡ったのは多分アメリカのジャズエイジの頃だろうし(20年代)、東欧で今のような金管楽器が使われるようになったのも多分そんなに古くないと思う。・・・・そういえば、南米を舞台にした映画で、アマゾンの奥地にオペラハウスを建てるために舟にオーケストラを乗せて行くという凄まじいのがあったんだけど、アレは何だったのか・・・。服そうからするとヴィクトリア時代なんだけど。結局挫折するんだよね。金管楽器はクラシックでは古くから使っていたし、南米やキューバでも最初はクラシックだったんだろうか・・・あれぇ、マリアッチではトランペット使うしねえ、アレはいつ頃からなのか。やっぱりヨーロッパ以外では軍楽隊から入ったのかなぁ。
と、新春から疑問を持ちながらも、ラッパばかり聴くのでした。こんなわたしですが、作る曲は全然そうゆうのじゃないですから。不思議ねー、そうゆうのって。今年もいろんなのを聞きながらも、おかまいなしに我が道を行くことにします。
本年もよろしくお願いいたします。

しかし、二枚組の中の15組ほど、見事に名前の最後は全員『ヴィッチ』。


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